今年の暖談食フェスタも本日で全ての企画が終了します。
そして、イベントに追われてあっという間の1ヶ月でした。
その忙しさにかまけてメインイベントの一つ「グルメ祭」の画像をアップするのを忘れていました。

「日本しじみ研究所」の中村所長さんの講演を聴いた後、松江郷土料理研究会の会員事業所14社と玉造り調理師会、松江調理師会のメンバーが地元の食材を使い腕を振るって作った料理を220名の参加者の皆さんが楽しまれました。
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魚一はもちろん「シジミのパエリヤ(宍道湖の幸入り)」です。
220名分を作るのはやはり大変でしたが・・・。
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そして、いよいよ魚一では、3月1日からしじみをふんだんに使った「しみじみ しじみ尽しコース」をご予約にてお召し上がりいただけます。・・・お待たせ致しました。
しじみのパエリヤをはじめ、しじみコロッケ、シジミだんだん蒸し、シジミのふわふわ、自家製豆腐のシジミあん掛け、等々、味も形もバラエティーに富んでいてお楽しみいただけます。
しじみ尽しコースでまだ飽き足らない方は、他にもシジミの一品料理も取り揃えていますのでしじみを心ゆくまでご堪能下さいませ。詳しくは魚一のHPにて3月初旬を目途にお知らせ致します。

2月26日のことです。
松江市立八雲小学校より卒業を目前に控えた6年生の子供たちに、調理師、職人という立場で「夢」を語ってほしいとの依頼が、市教育委員会⇒松江調理師会⇒そして、めぐり巡って私がお話しをすることになりました。

私事ですが、国道432を通り八雲立つ風土記の丘を越えた神納峠辺りから見える八雲町の景色が大好きです。そして、イザナミノミコトのご陵墓近くに来ると、神の気配をビンビンと感じます。やはり出雲地方は神々のおいでになるところだと実感します。すばらしいです!!
八雲小学校の玄関のまん前にも「岩坂社」という由緒あるお社がありました。
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その存在はしごく当り前のことと受け入れ、鳥居の前で遊んでいる子供たちを見た時、神々との一体感のようなものを感じました。

話し戻って、
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「火の樹」という総合学習の時間だそうです。山代方面から八雲町に入りかけの所にモニュメントがありますが、その名前「火の樹」から名付けたそうです。どうやら、モニュメントのテーマの中に八雲町住民の思いが込められているようです。


一週間しか準備期間がなく、しかもいろいろと多忙だったので準備にあまり時間が掛けられずに当日を迎えてしまいました。子供たちにちゃんと自分の思いが伝えられるか不安でしたが、子供たちの明るい笑顔と活発さにも助けられて、何とか所要時間の1時間をこなすことが出来ました。
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6年部担当 橋津先生
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自己紹介・お店紹介・日頃気を付けていること・私の夢とその夢を現実にするには・調理師になるには、etc。
小学6年生の理解力がどのくらいなのか? 
我が子たちが小・中学生だった頃の9年間はPTA活動に携わっていたし、我が子にも小6の時期があったはずなのに、もうすっかり忘れてしまっていて、言葉や漢字を選びながらの進行はちょっと大変でした。

 「鮮やかに想像し、熱烈に思い、心から信じ、魂を込めた熱意をもって行動すれば、何ごとも実現 する!!」 
 by ポール.J.マイヤー

夢を持ち、それを実現していくことの喜びや命の大切さ。
   ・・・少しはオジサンの言うことがわかってくれたでしょうか (^_^)V

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八雲小学校から帰る途中で、意宇川の氾濫を抑えるために周藤弥兵衛(地元の大農家)が松江藩に願い出て工事を行った「日吉の切通し」に立寄ってみました。
周藤弥兵衛が、地元住民の喜ぶ姿を鮮やかに想像し、そして熱意をもって熱烈に望んだ結果、切通しは完成し意宇川の氾濫による水害はなくなりました。

岩盤を蹴って勢いよく流れる川の水が、弥兵衛の情熱やエネルギーを今に伝えているようでした。
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昨日の山陰中央新報コラム欄「明窓」の中で、皆生温泉旅館組合青年部が昨年から酒造りを始めたという文章が掲載されていました。 その酒の名は「上代(かみだい)」。

その酒は、米子の「上代そば」のオヤジさんが益尾酒造さんと一緒に原酒大吟醸「源流あられ酒 上代」を数年前に作ったところから由来します。

私と女将は上代そばの大ファンで、車を飛ばして食べに行くようになったのがきっかけで上代そばのオヤジさんと親しくなり、昨年の春には蓬莱吉日庵でも「上代を飲みつくす会」を開催しました。

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旨い新酒ができたという連絡がありましたので、是非、今年も蓬莱吉日庵で飲みつくす会をやろうと思っています。

日程の打合せができ次第開催日をupしますので、乞うご期待です!!                       

蓬莱吉日庵は松江暖談食フェスタに協賛しています。「暖談晩餐会」の企画として、松江の老舗料亭「臨水亭」さんとのコラボレーション「松江大名 お狩場料理の饗宴」を2月11日に開催しました。

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そして、もう一つの企画として暖談食フェスタ開催期間中(2月1日~28日)期間限定料理、「蓬莱 赫(あか)の膳」5250円をご用意しております。
期間限定なのですが、大変好評なので期間延長しても良いかなどと思ったりもしていて。

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魚一でも食フェスタ期間中は「縁会御膳 郷味(さとあじ)」3150円をお召し上がり頂けます。
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これも毎年ご好評です。

蓬莱吉日庵での庭を眺めながらのご昼食も落ち着いた雰囲気でとても良いと思いますが、魚一の昼食はメニューが全部で20種類以上もあって、名物の一つ天丼だけでも8種類あるので、それらを加えると30種類以上ものアイテム数になります。
まだお召し上がりになったことのないお方は、是非一度ご利用下さい。










「一月は行く。二月は逃げる。3月は去る。」
松江暖談食フェスタの各種イベントの準備・実行に追われて、アッという間に2月も半分が過ぎてしまいました。少し時間に余裕ができたので久しぶりに、そしてやっとブログをupできるようになりました。
暖談食フェスタのご報告はまた後ほど致します。

      「月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり。」
それでは、「29年前のこと」・・・続き、の続き・・・完結編です。

・・・前回の最後の言葉から始めます。
わたし:「そうでしたか・・・。私の友人△△君の友人〇〇君の同郷ということは、東京福岡県人寮で〇〇君と一緒だったのですか?」
ご主人:「はい、そうです。」
わたし:「すみません。〇〇君のおかげで引越の時に福岡県人寮から何人もの方に手伝いに来ていただいて名前もお顔も憶えていなくて・・・。」
ご主人:「あなたが松江に持ち帰る物と持ち帰らない物を仕分けしていて、私は横溝正史などの書籍を本箱と一緒にもらいました。」(笑)
奥さま:「29年も昔のこと憶えていらっしゃらないわよ。」(微笑)
わたし:「洗濯機や掃除機、ラジカセなどを引越しを手伝っていただいた御礼の代わりに皆さんに差し上げた記憶はあります。」(笑顔)
ご主人:「その時、あなたから松江に来るようなことがあったら寄って下さいと、魚一の住所などを書いたメモをもらい、いつか機会があったら松江に行こうと・・・。そして、29年ぶりにやっとそれを実現することができました。」(笑顔)
わたし:「そうだったんですか。29年もの間、その時のメモ書きを大事に持っていていただいたのですねぇ。ありがとうございます。」(感無量・・・。)
   (ひょっとして仇討ちではなどと、あらぬ想像などをしてスミマセンでした。)

ご夫妻のお食事も終わり、ツアー観光バスに戻る時間となりました。
ようこそ松江へという感謝とお礼の品を何か差し上げたいと思い、福岡からご来松とのことだったので、有田焼の窯元で作ってもらった魚一オリジナルの携帯ストラップを記念にお渡ししまして、店の前で記念写真を一緒に撮りました。
ご主人:「もし福岡に来るようなことがあったら、連絡して下さい。」(笑顔)(奥様も笑顔)
わたし:「はい、必ず連絡しますから。」(笑顔)
堅い握手を交わしお別れしました。
夫婦の後姿を見送りながら、『今度は29年の歳月が経たないうちに会いに行こう』と思ったりして。

その時にふと頭に浮かんだのは、何故か ・・・
  「月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅人なり。」 ・・・ でした。 

29年も前の出来事だったのだ、と思う一方、今日に至るまで、自分が「生きる」という旅に費やしてきた時間がとても短く感じたりして。20代の若かりし頃の事が、ついこの前のことのように思えたり。
そんな時間の流れの中で、今回訪ねてきてくれたk・Fさんと私が29年前に初めて出会い、何時間かの時を共有し、そしてまた29年の歳月を経て出会うということ。
互いの人生の中のひと時を、何かの縁で共有しあうということの不思議。
  ・・・何だか夢のような、哲学的な再会でした。 K・Fさんご夫妻に感謝。だんだん。


<完>

本日から松江の冬季食の祭典「暖談食フェスタ」がスタートしました。
その準備で大変忙しくしていたため、「29年前のこと」の続きがなかなかupできなくて申し訳ありませんでした。
ということで、いよいよ29年前の約束とは?・・・の前に、松江暖談食フェスタのことをちょっと書きます。(^^)

初日の今日は駅前にて開会式典と「こだわり市場」がダブルで開催されました。
私の所属する松江調理師会の会員料理長達が腕を振るって作る、巨大鍋「縁結び 七福神鍋」は「ごちそう市場」の目玉イベントですが、今年も大人気でした。
提供開始30分くらい前から行列ができて、わずか1時間20分くらいで800食が完売です!!


料理長の皆さん、寒中ご苦労様でした。

それでは、「29年前のこと」のいよいよ続きです。

配達から魚一に帰る道すがらの車中で、「29年前の約束を果たしにやって来た!」という中年男性ののことをず~と考えていましたが、まったく思い出せません。それどころか、思い出そうとするればするほど良い方向より悪い方向の想像に走ってしまい、最後には『29年前の約束=29年前の仇討ち?』というところまで行き着いてしまいました。29年前といえばちょうど東京の大学を卒業した頃か?在学中確かに少しは悪い事もしたかもしれないが、人様に恨まれるほど悪いことをしたのだろうか?・・・あの事か?、この事か?
などと、叩けばホコリの出る身 ((((((^_^;) ・・・誰にでも過ちや間違いの一つや二つはあるだろう、何で今頃になって自分が仇を討たれるのだ・・・。
 そして、いよいよ車が店に到着してしまい、恐る恐るご挨拶に行くことに・・・
店のスタッフに「あの方です」と促がされて、遠巻きにどんな人かと見てみると、まったく見覚えが無いご夫妻がお食事をお取りになっていました。・・・内心、〈ひょっとしたら記憶違いか、勘違いをして私に会いにいらしたのでは?〉・・・などと思ったりして。
すると!私に気付いたご主人が、破顔一笑。 やっと会えた~!!といった表情でご挨拶なさったので、私は余計にパニックに陥ってしまい・・・。
ご主人:「憶えていらっしゃいますか?」
わたし:「・・・???、申し訳ありません m(_ _)m!!(恐る恐る) どちら様でしたでしょうか?」
ご主人:「家内との結婚記念日の旅行を兼ねて、やっと29年前の約束を果たしに福岡から松江に来ることができました。」(笑顔)
わたし:・・・内心〈表情からすると、仇討ちとか悪いことではなさそうだ(ホッ) 〉
    :「29年前ということは、東京で学生をしている時のことでしょうか?」
ご主人:「はい。あなたが大学を卒業して松江に帰るという時に、私の同郷の〇〇君から頼まれてあなたの引越しの手伝いをしに行きました。」(笑顔)(奥様も微笑み)
わたし:「そうでしたか・・・。私の友人△△君の友人〇〇君の同郷ということは、東京福岡県人寮で〇〇君と一緒だったのですか?」

・・・スミマセン。仕事が忙しくなってきたので、続きは後日。